一、(2)前市長の来局

第二章 一歩一歩

 さて、マンパワー不足ながら多面的に職員を張り付け、〝復旧〟に舵を切り始めたこの日の13時40分、実に珍しい〝お客様〟が私を訪ねて来ました。前市長です。

 前市長は平成13年(2001年)に50歳で旧宇和島市の市長に初当選し、平成17年(2005年)の1市3町合併による新宇和島市初代市長を経て、平成29年(2017年)の引退まで、新市・旧市合わせ5期16年の長きに亘って宇和島市の舵取りを行っていました。

 前市長は興味のある仕事には自らが強く係わるタイプで、時には自分で図面を描き、それを職員に見せながら議論を重ねるという理系人間でした。そういう点では今の市長とは正反対かもしれません。

 ただし関心が薄いことには逆の反応で、水道事業には興味が無いからか、市長時代ほとんど柿原水道本局に顔を出さなかったそうです。そのような経緯から〝珍しいお客様〟と表現したのでしたが、そんな前市長が何の目的で現れたのでしょうか?

 話を聞くと、前市長は吉田・三間両地区の断水に心を痛めており、何か力になれないかといろいろと自分で調査をしてくれていたようです。

 そんな中、吉田地域に工場を持っている知人C社長が、自社所有井戸の良質で豊富な地下水を工場で使っているとの情報を入手し、早速水道水への融通について相談したとのことです。その結果、応諾してくれそうな感触を得たため、それを急ぎ私に知らせようとわざわざ足を運んでくれたのでした。

 ただ、このありがたい話に積極的に関与できる職員が、マンパワー不足のため見当たりません。設計コンサルタント会社にお願いするにも、既に南予水道企業団からの代替浄水施設の設計などで同様の状況です。さてどうすれば…。

 取り敢えず私は、前市長にアポ取りと付き添いをお願いしC社長に会うこととしました。前市長が経営するホテルの喫茶コーナーで待ち合わせることで。

 C社長はオートバイでの到着です。私も現役のライダーですが、当時の私のメインマシンはスーパースポーツタイプ、前日吉田地域の路面状況を見た際、私のマシンではすぐにタイヤがスライドすると感じていた矢先です。オフロードタイヤを履かない普通のオートバイで、しかも個性的な姿での登場には、ただものではない雰囲気が漂っていました。

 お茶を飲みながらまず世間話です。いろんな話が出ましたがそれはさておき、本題の地下水については、融通に協力するとの快諾を得ました。C社長は、周りの住民が被災した自宅を掃除する際に泥を洗い流すことができないのを見かけ、地元へ何かしら貢献したいと考えていたようです。

 マンパワー不足という問題は先送りするとして、まずはその地下水の水質試験をさせてもらうことにしました。私は、歳が11歳下で同期入庁の照崎専門員を電話でつかまえます。給水課での浄水場などの担当をしている彼は、試験サンプル採水に準備が必要なため少しだけ時間を欲しいとの返答です。C社長と調整の上、15時30分に工場へ伺うことになりました。

ー この記事の原文は水道産業新聞2020年(令和2年)12月3日版(第5459号)に掲載されたものです ー


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