二、(5)情報提供の使い分け

第二章 一歩一歩

 そんな復旧に関する連絡が入り始めた頃、13時前に私宛てに県庁から電話が入りました。相手は昨日南予水道企業団で会った坂東課長です。

 昨日、金井部長へ直接依頼した件の回答でした。実はこれから復旧作業を進めていくに従って、道路を掘削する機会が増えていきます。その掘削許可を事前に申請していたのではスピード感を損なってしまいます。そのため、県道掘削に事後承認を容認してもらえるよう、建設担当部関連の要望を金井部長に調整してもらっていたのでした。なお、市道の場合は、市建設課から了承取り付け済みです。

 結果は事後で構わないという回答です。これでいざという時には即応が可能となりました。ただ問題はそのあとに受話器の向こうから発せられた言葉です。

 代替浄水施設を両地区に建設するという、この時点でトップシークレットの話です。私は「えっ?」と思ったのでしたが、おそらく県庁OBの副市長が県市間の情報共有のために金井部長へ伝えたのでしょう。情報はどんな場面でも重要だと私も認識していますので、このことに関しては特段問題視しなかったのでしたが、それよりも私が引っかかったのは次に出た吉田地域での代替浄水施設からの通水見込みに関する質問です。

 建設に関する基本方針は固まったものの、工程云々以前に地元との調整もまだ終わっていません。そんな段階で通水見込みなど立つわけがありません。

 会話を進めると坂東課長の口からは、具体的に7月末から8月上旬の見込みで良いかなどの問いかけが出てきます。理想的に進んだ場合にはそのような工程になると、南予水道企業団側の資料には記載されていました。ただ調整が全く進んでないその時、工程について軽々しく口にできるわけがありません。でも相手は県庁です。坂東課長も聞きにくそうな口ぶりということは、上へ報告するためなのだろうと私は理解し、早くとも8月末だろうがまだまだ見込みは立たないと率直に答えました。

 前日初めて係わりを持った愛媛県、これまでとは異なった動きが始まるのを予感しました。そして、厚労本省のようなリエゾン駐在をしてくれていたら、初動が違っただろうとも…。

 この問い合わせ電話の背景を知ったのはこの約7時間後、19時45分のことです。坂東課長からまた電話が入ってきたのです。

 この日の夕刻、愛媛県庁では災害対策本部会議が行われました。宇和島市の災害対策本部会議と違い、県は情報をオープンにしています。そのため報道関係者を部屋に入れるそうなのですが、その場で金井部長から、「7月17日に今後の方向性を定める重要な会議が開催予定のため、その結果を受けて、7月20日までには出せる情報を出したい」という趣旨の発言があったと、坂東課長は心持ち申し訳なさそうな口調で私に伝えてきました。

 私は一瞬頭に血が上りました。7月17日の会議とは、代替浄水施設建設に関係する官民全ての機関が南予水道企業団に集まり、早期完成に向けて問題点を洗い出そうとする場なのです。そこには愛媛県からも水政策の担当部などが参加することとなっています。ただ、13時前に坂東課長へ伝えた通りまだまだ実施に向けた調整が山ほどあるため、その計画は頓挫してしまう恐れもあります。そういう不確定な要素だらけの計画は、オブラートで何重に包んでも機が熟すまでは決して口外すべきではないというのが私の考えでしたので。

 情報公開社会の現在、なぜそんなことを私が思うのか、これは災害対応の最前線に身を置いてみなければわからないことなのでしょう。

 決して隠蔽などではありません。曖昧で意味深な情報を発信すれば、被災地ではそれが噂となりデマとなり一人歩きしてしまいます。また報道関係者の中には、記事・ニュースで情報を発信し被災地に勇気を与えたいとの一心で、詳細について情報を集めようとする者も出てくるでしょう。応急給水や応急復旧で猫の手も借りたい時、そんな問い合わせが殺到すると業務に支障が生じるのは火を見るよりも明らかです。

 私はそういう懸念を坂東課長に伝えました。そういう事態になれば県から対応要員を出して欲しいとも。坂東課長始め、愛媛県は宇和島市と異なった行政手法であることは当たり前のことでしょう。ただ私は、私の組織を疲弊させないためにもの申さねばなりません。若干冷静さを欠いた私は、丁寧な言葉と口調、そして柿原水道本局2階フロアの隅にまで響く大きな声でそのことを電話の向こうに伝えると、坂東課長はそうなった場合の要員派遣を約束したのでした。

 幸い私の懸念は現実のものにならなかったのですが、即刻公開する情報と少し待つ情報、そして機が熟すまで絶対に公開してはならない情報、この使い分けを間違えると混乱を招くという難問を見つめ直す良い機会となりました。

ー この記事の原文は水道産業新聞2020年(令和2年)12月17日版(第5463号)に掲載されたものです ー


《無断転載はお断りいたします。》

*登場する人物や組織に対する私の意見・感想は、個々の評価を意図したものではありません。また、臨場感を伴わせて全容をお伝えするために人名を記載していますが、文面に対する人それぞれの捉え方に配慮し全て仮名としています。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました