三、(6)吉田通水開始への調整

第三章 一日でも早く

 

 この幸福感を封印し、電話を置いた私はすぐに市長公室の木場補佐に電話を入れました。催促されていた吉田地域通水開始時刻の見込みの件です。私は判断が明朝9時以降になることを伝えました。吉田地域では、被災した南予水道企業団吉田浄水場からの水に、自己水源浄水場からの水をミックスして配水している区域があることや、二次・三次配水池があるなど複雑なものとなっています。そのためここで言う通水開始とは、地域の中心部に配水しその水源が代替浄水施設となる、一次配水池の北小路配水池からのものを意味します。

 代替浄水施設の調整は順調に進んでいます。でもそこから水道局が担当する送配水はやってみなければわからないことがたくさんあります。実はその第一歩として、この日の夕方から送水ポンプの試運転を行うこととしていたのです。正午頃からバルブ操作などの準備を行いながら、夜間・翌朝にかけて時間40㌧の水を送り出すのです。

 至る所で土砂災害を受けている吉田地域、その作業の中には漏水調査が当然含まれています。この日までに地上部分の損傷は全て修復していましたが、埋設区間は水圧をかけてみなければわからないところがあります。

 なお通水開始前後の送配水工程計画には、主に仁村給水課長と都市整備課から応援に来てくれている保利前給水課施設係長があたっていました。ただ、素人局長の私も実は検証の意味で独自の検討を加えていたのです。

 というのも、仁村と保利がそれぞれ考えた工程には大きな時間的ズレがあったからでした。二人の考えをそれぞれ聞くと、どちらも豊富な知識と長い経験、そしてそれを根拠とした自信が感じられます。でもこのズレを放置したままでは、今後被災地の末端まで水を送り届けていく作業に混乱をきたします。例えば職員の配置、例えば受援体制、例えば市民への情報提供。特に受援を含めた人員配置計画は、工程が定まらなければ立てようがありません。

 そんな状況でしたので、私も「算数」でこの検討に参加したのでした。送水ポンプが設計能力を発揮可能との前提条件で使用した数値は、代替浄水施設の時間帯別浄水能力、送配水管の管径と延長、配水池の容量、各配水区の日水量程度です。専門家からは「えっ??」と思われるかもしれませんが、この災害時、少々の差が生じても仕方ありません。それよりも大枠で両者の試算を判断して次に進む必要があると判断したのです。

 私は大判プリンターで宇和島市水道事業一般平面図を出力して部屋の協議台兼応接台に広げ、赤鉛筆で計算過程も含めて書きなぐっていきました。『浄水能力は日当たり2600㌧なので時間当たり110㌧、でも送水開始から翌朝8時までは調整のために時間40㌧、ここまでで500㌧は必要と見込まれる北小路配水池下までの送水管充水が終わり満管状態となる。そして18時までは調整のために浄水施設を休止しなければならない。そういえば、その頃から満管にした送水管からドレン放流して濁水処理をすると言っていたな。で、再開される送水は手前の中組配水池へ充水するらしいから…』などと算数を続けていくと、再度の送水管充水や北小路配水池への充水完了は、8月4日の正午頃という結果が出たのでした。これは二人の試算の片方とほぼ同じです。私は二人と協議し、これを吉田地域での通水開始日時に設定していたのでした。

 ただその日の夜開始する試験通水、翌朝までのこの結果によってそれは左右されてしまう。そんな事情を説明しながら、木場市長室長補佐に発表時刻の翌朝までの保留を告げたのです。

 なお算数で調子に乗った私は、このどんぶり勘定で吉田地域内全域の工程を定め、もっともらしく〝見える〟 部外秘扱いの工程計画図を作成したのでした。そしてそれを応急復旧班へ引継ぎ、あとを託したのです。

 10時25分、今度は木場補佐から私への電話です。実は既に仮設定していた通水開始日時を元にニュースリリース案が作成されていたのですが、それを県の水道政策の担当課の坂東課長に送ったというのです。誰の指示なのか関係なく瞬間湯沸かし器にスイッチが入りました。ただ、それは一瞬でした。一生懸命やってくれている木場補佐に切れることができる訳などあり得ません。ただ私は熱した言葉を冷ましながら伝えました。その日時は先ほどの電話で伝えたとおり保証しかねるということを。

ー この記事の原文は水道産業新聞2021年(令和3年)7月8日版(第5510号)に掲載されたものです ー


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