四、(4)吉田開栓式

第三章 一日でも早く

 

 発災29日目の8月4日土曜日です。被害が甚大な吉田地域に代替浄水施設からの水を送り始める日です。

 吉田地域では自己水源を最大限活用し、断水区域を少しずつ解消してきました。ただ、そこに1箇月近く空になっていた送配水管や配水池を経由して、大量の水が流れ込んでくることになります。濁水処理は一通り行いますが、通常時と違って完全な状態になるまで待ってはいられません。そのため、区域によっては一時的に濁水が発生する可能性が非常に高いと我々は考えていました。

 この日吉田愛児園で行われる開栓式を前に、私はそのことを市長の耳に入れておくこととし、9時、市長公室の白瀬主任に市長への伝言依頼の電話を入れました。この情報は市長に確実に届かなければならない、いつも以上にそう思った私は、その30分後に確認の電話を再び入れます。白瀬主任は不在でした。代わりに確認した広宿室長からはまだとの返答です。私は念押しの要請をしました。

 結果的にそのことは大正解でした。案の定濁水は発生し、その情報が市民から市長の耳に直接届いたのです。おそらく市長は私からの事前情報を自身で消化し、自分の言葉で回答し相手を納得させたのでしょう。濁水発生という出来事は、大きな問題とはなりませんでしたので。

 12時45分からの開栓式を前に私は早めの昼食を取り、正午前にはプロボックスで水道本局を出発しました。12時10分、吉田支所に到着です。そこにプロボックスを駐車し、さほど離れていない吉田愛児園に徒歩で向かいます。太陽が真上からギラギラと照り付ける暑い日でした。熱い地面に散水する余裕はありませんが、もうすぐこの地域に蛇口からの水を届けることができます。

 12時15分、私は開栓式の会場となっている吉田愛児園に到着しました。そこにはまだ数名程度の関係者しか見えず、辺りは静まり返っています。どうやら園児はまだお昼寝の時間のようでした。そのことを教えてくれたのが誰だったのか、そしてしばらく話をしていた相手が誰だったのか、執筆している今、記憶から消えてしまっています。ただ、真夏の太陽で焦がされる園庭と涼しげな園舎廊下の日陰のコントラストは、私の脳裏にしっかりと焼き付けられています。

 少しずつ報道陣が集まってきましたので、私は園児が寝ている園舎から離れたところでぶら下がり取材への対応を始めました。この日も好意的な取材がほとんどです。どの記者も心持ちにこやかに見えたのは気のせいだったのでしょうか。

 12時45分、知事同席の上で定刻に開栓式が始まりました。

 市長の挨拶と概略説明が終わり、次は市長と知事が見守るなかでの園児たちによる蛇口開栓です。蛇口からは約1箇月ぶりの水が解き放たれ始めました。どの顔も冷たい水に触れて楽しそうです。報道陣はその表情を逃さずカメラに収めています。

 良かった、やっと水を届けることができました。でも吉田地域は一筋縄ではいきません。事前に出来る限りの漏水調査と修繕を進めてきましたが、それも幹線が精いっぱいです。末端付近は手付かずと言っても過言ではありません。また2次配水区から3次配水区、全ての配水池に充水するだけで多くの時間を費やしてしまいます。水道用水供給の南予水道企業団と違い、末端給水を担う水道局の勝負はこれからです。

ー この記事の原文は水道産業新聞2021年(令和3年)9月16日版(第5525号)に掲載されたものです ー


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