15時50分には、市議会長老級の出雲市議から電話です。口調が強く感情が読みにくいことから、出会った頃の私は警戒感を抱いていました。ただ、酒席で努めて近づきながら気持ちの距離を近づけていったその頃の私は、家業が建設業の出雲市議には逆に親近感を覚えていたほどでした。災害対応のねぎらいの言葉に続いたのは、息子に任せている家業とその業界に関することです。
全国的な傾向にたがわず、近年宇和島市でも中小建設業者の廃業が相次ぎました。そんな中、そこそこの規模の水道工事を請け負ってくれている会社の一つに、この出雲市議の会社がありました。滅多に自分の会社の件で私に電話をしてくることは無い中、しかも災害対応真っ最中のタイミングでの電話です。よほどのことなのでしょう。
話を聞くと、なるほどと思う内容でした。宇和島市水道局からの前年度発注工事は年度後半開始のものが多く、翌年度への繰り越し工事が多発していました。そんな中発生したこの豪雨災害です。建設会社にはその応急復旧等で大きな協力を得ていたのでしたが、各社とも繰り越し工事を完成させなければなりません。定められた工期も近づいているし、何より会社維持のために収入を得なければなりませんので。各社は災害対応に協力してくれながらも、一つまた一つと工事を完成にこぎつけてくれていました。
ただ…、その完成図書・書類が水道局に届けられても、支払い処理に至るまでのチェックや完成検査を行う余裕が、災害対応に全力を注ぐその時の給水課担当職員にありません。
出雲市議は我々の窮状を理解のうえで、敢えて電話を私にしたのです。こちらが謝らなければならない立場なのに、何度も申し訳ない旨の言葉を交えながら。私はそこまで気が回ってなかったこと、しかも出雲市議に終始遠慮がちな口調で言わせたことを率直に詫びました。そして出雲市議が我々を非難するような言葉を一切出さなかったことに対し私は感謝の気持ちを忘れず、そのことを含め、工事検査を担当する同い年の植光課長補佐にこの件を伝えたのでした。担当者に無理を強いないようにとの言葉を添えて。
出雲市議が各社を代弁したこの日の電話ののち、すぐさまそれに対応することは困難でしたが、出来得る限りのことを給水課の職員が行ったのは言うまでもありません。この電話が無ければ、もしかしたら資金繰りが大変なことになった建設会社が出たかもしれません。そうなったら水道事業そのものにしっぺ返しがやってきます。言いにくいことを敢えて言ってくれた出雲市議には感謝です。
ー この記事の原文は水道産業新聞2021年(令和3年)10月25日版(第5534号)に掲載されたものです ー
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