一、(1)第一報

第一章 浄水場喪失

 叩きつけるような雨の音で目が覚めたのは翌朝7月7日の土曜日、確か午前6時過ぎ頃だったと思います。ただその時は強烈な二日酔い状態でしたので、布団の中でしばらくウトウトと過ごしていました。

 雨の音がこれまで経験したことの無いようなものに変わり、また、息苦しさのようなものも伴ってきました。それは前夜の酒の影響だったのかどうかはわかりません。ただ、このまま眠っていては駄目だと誰かが耳元で囁いたのか、6時半過ぎには布団から出ました。寝室のある2階から窓の外を見てみると、家の前の市道はまるで川です。これまで見たことが無い光景です。でも自宅周辺は緩やかな勾配が付いている地形で山からも離れていることから、浸水することも土砂災害に遭うことも無いだろうと、特に気にしなかったと記憶しています。

 1年少々前、都市整備課長をやっていた時ならば間違いなく職場に向かい、浸水被害対応の陣頭指揮を取っていたはずです。でも、大雨が職務に直結しないことに慣れてきたこの頃、こう感じたていたのはある意味普通のことなのかもしれません。

 テレビを点けて各地の情報を寝ぼけ眼で見ていたら、突然携帯電話が鳴りました。この上無い不吉な予感を覚えながら応答すると、相手は同い年で気の置けない仲ながらも、めったに電話で話すことは無い水道局給水課の植光課長補佐です。心の中のザワザワ感が更に膨れ上がっていきました。

 落ち着いた話し方の植光から出た最初の言葉は、「どうも吉田浄水場が駄目みたい」でした。駄目?意味が分かりません。植光なりに冷静に話し始めたのでしょうが、報告を受ける際にはまず結論を望む私にとっても、この時だけは少し前置きが欲しかったのでした。

 その後の会話は私の記憶からほとんどが消えていっています。ただ、要旨は次の通りだったと思います。

 まず、南予水道企業団から異常を知らせる連絡が入ったということ。そしてその内容は、遠隔監視をしている水道施設の運転状況のデータが全く届かなくなったということ。更には、吉田浄水場詰めの南予水道企業団職員から、浄水場が土砂災害で壊滅的な被害を受けたとの連絡が入ったこと。

 ちなみに南予水道企業団とは、南予地方の概ね半分となる宇和島市の一部・八幡浜市・西予市の一部・伊方町、その3市1町に水道用水を供給している一部事務組合で、宇和島市においては、吉田浄水場から吉田地域と三間地域に送水する浄水供給を受けています。

 さて、先ほどの内容を電話で聞いたとして、皆さんはどのような反応を示すでしょうか?私はただ、「何?何??何???」と、いくつものクエスチョンマークが二日酔いで思考が鈍っている頭の中を駆け巡るだけで、事態を思い描くことができません。それでも早く水道局に行かなくてはということだけは自分でも理解でき、急ぎ着替えをし向かうこととしました。

 この日の家には私と母だけです。いつもどおり軽度な認知症の母へ1日分の薬を急いで渡し、土砂降りのなか念のために合羽を着こみ車に飛び乗りました。

 自宅から道路へ出ようとしたところ、何かが車の前方に挟まりどうにも自由が利きません。降りて見たところ、隣家が道路との段差解消用に設置しているプレートが、流れ着いて邪魔していたのでした。

 雨に濡れながらもそれを取り除け、いたるところ川や海のようになっている市街地を通り、車で10分少々の柿原水道本局に向かいました。

ー この記事の原文は水道産業新聞2020年(令和2年)9月10日版(第5440号)に掲載されたものです ー


《無断転載はお断りいたします。》

*登場する人物や組織に対する私の意見・感想は、個々の評価を意図したものではありません。また、臨場感を伴わせて全容をお伝えするために人名を記載していますが、文面に対する人それぞれの捉え方に配慮し全て仮名としています。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました