二、(3)やっと知った広域災害の事実

第一章 浄水場喪失

 市本庁で正午から行われる災害対策本部会議には、本庁で最も顔の利く元市長秘書の業務課中瀬主任を向かわせました。私は日水協愛媛県支部長都市、松山市の平松公営企業管理者に電話をしました。状況が状況だけに、市長の最終許可を得る前に私の一存で応急給水の支援を要請したのです。しかし平松管理者からは、事態の深刻さをさらに知ることになる事実を伝えられました。西予市では浄水場が冠水し、その野村地域全域で断水が発生しているということです。そして大洲市でも…。情報が少ない中、やっとその時広域的な大規模断水が発生していたことを知ったのでした。

 しかし宇和島市もお願いするしかありません。平松管理者へは、浄水場喪失という前代未聞の出来事がもたらす広域的で長期間にわたる断水の予測を伝え、電話を終えました。

 この時、私の頭をよぎったのは伊豆大島のことです。

 伊豆大島では三原山の噴火から住民を守るため、全島避難という当時では考えられない規模の対応があったのを、皆さまは憶えていますでしょうか。

 ちなみにその噴火が始まった時、私は東京暮らしでした。勤めていた大手建設コンサルタントの関連会社が保有する、小平市の寮の個室で横になっていたのでした。地震も強風も発生していないのに、部屋の窓が何度も何度も音を立てて震えていたのを記憶しています。後にこれが「空振」という現象で、三原山の噴火が遠く離れた東京の空気を激しく震わせていたということを知ったのでした。

 水が無くなれば生命を維持していくことができなくなってしまいます。火山の噴火同様の危機がすぐそこに迫っているということです。

 私の頭に浮かんだのは、伊豆大島のような2地域の全域避難でした。

 この頃になると、水をがぶ飲みし続けていた効果が出たのか二日酔いが収まり始め、思考回路がかなりクリアになってきていました。その思考回路から生まれた全域避難という発想は、この後幸いにして空想へと置き換わります。

 さて、水道局へは市内各所から「水が出ない」との連絡が入っていました。吉田・三間の現状を考えれば、小さなトラブルを後回しにしたくなるのが当然の発想ですが、それが大きな事故に繋がらないとは限りません。仁村は空いている職員を現場に向かわせ、ひとつひとつその芽を摘んでいっています。

 ほとんどが宅内の給水管に問題があったのでしたが、1件肝をつぶしかけたものがありました。来村川護岸沿いに埋設してあった配水管が、護岸浸食によって宙ぶらりんとなっているのを発見したという知らせが入ってきたときです。これが破損していれば、比較的規模の大きな断水が発生していました。吉田・三間に力を集中しなければならないこの状況下で、更に部隊を分散させなければならなくなります。

 幸いぶら下がっていた配水管を誘引・固定し事なきを得たのでしたが、通報を放置することはできないと改めて思い知らされた出来事でした。

 吉田地域でも仁村が吉田支所長の山上と電話で打ち合わせし、5カ所程度の応急給水所開設を目指すことにしました。しかし道路通行止めの影響で1カ所も開設の目途がたちません。そんな中、本庁では中瀬代理出席の災害対策本部会議が開催されました。私が作成した現状報告資料をメールで本庁に送り、中瀬によって印刷・配布・報告をし、水道の危機的状況を初めて訴えたのです。ただそこでは、まだ肝心の道路状況の全体像をつかむことができません。会議終了後も担当部課への調査を指示したのでしたが、その成果もなし。吉田地域への応急給水所展開に向けた準備は、まだしばらく困難なものになると悟らされたのでした。

ー この記事の原文は水道産業新聞2020年(令和2年)9月24日版(第5443号)に掲載されたものです ー


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