数度のスケジュール変更を経て決まった、12時40分からの市長・知事による現場視察と報道発表に同行するため、少し早めの昼前には、私も自らの運転で柿原水道本局を単身出発しました。
途中、2箇所の片側交互通行区間を通り、また途中、送水管の破損状況調査を進めていた仙台市水道局の職員横を素通りして到着したのは、人家への大きな被害が無かった吉田・大河内地区の代替浄水施設建設現場です。そこから約1㌔上流には被災した吉田浄水場があります。ただ、送水管の状況調査でここまでは来ていたものの、実はその時まだ被災現場を訪れていなかったのです。南予水道企業団と違い、我々宇和島市水道局にとって被災した浄水場の現地確認は優先事項ではありませんでしたので。
既に多くの報道関係者と共に、南予水道企業団の竹本事務局長と保利浄水課長が到着しており、また、愛媛県関係とみられる多くの職員の中には、坂東課長の顔も見えます。私は坂東課長に声を掛けました。坂東課長は先日の一件があったからか幾分申し訳なさそうな表情を私に見せましたが、私は既にその時気持ちを切り替えていたので、すぐに誰が知事に説明するかという用件に入りました。
ただ、一応は聞く振りをしてみたのでしたが、その時既に私の頭では結論が出ていたのでした。『細かい説明には南予水道企業団の力が必要だが、県知事への概要説明はあくまで県の職員がすべきだ』と。その場にいた県職員で最も役職が上だったのは、その年度が定年退職の年だった坂東課長でした。そのため私は一つ年上の坂東課長が口を開く前、竹本事務局長とレクチャーを始めていたのです。
市長到着から間もなくして、県職員と思われる集団に動きがみられました。随行者から知事の通過地点等に関する連絡が、それまでも逐次入っているようでした。もう間もなく到着という雰囲気です。
12時40分知事到着です。私にとって愛媛県知事というのは遠い存在どころか、生まれてこのかた自分の目で見たことの無い全く違う世界の人でした。その知事が車から降り、出迎えの市長と共に現場内に待機していた我々の方に近づきます。取り囲んだ報道関係者に時折わざと聞こえるような大きな声で、現場や周辺についての感想を言いながら。
私は坂東課長の背中を少しだけ〝ぐっ〟と押しました。坂東課長は市長より歩調を早めた知事への視線を外さず、ゆっくりと近づいていきます。知事は坂東課長に、既に設置されている現場の機器等のことについて尋ねながら歩みを進みます。坂東課長は質問に対し控えめに説明し続けます。続いて歩く市長と竹本事務局長の少し後ろを私はついていきます。
途中、既設導水管からの分岐予定地点を掘削した場所で、レクチャー外の質疑応答を1回私がフォローした以外ほぼ全て坂東課長の応対で終わり、三間地域の代替浄水施設建設現場への移動となりました。坂東課長は安堵の表情を浮かべています。南予水道企業団と私は、結果的に坂東課長へ花を持たせたようです。
先頭の南予水道企業団の車に、私が運転するプロボックスが続きます。その後ろには知事車・市長車、また報道関係者等の多くの車両が連なり、タイトで急な峠道を登り続けます。峠を越えてからの短い下りを終え、突き当たりの二車線県道を右折です。
暫しの県道走行から中山池方面への市道へ左折する時、その交差点付近では宇和島市水道局の担当工事、既設送水管と仮設送水管の接続工事が行われていました。先ほどの吉田・大河内で一度だけ知事への説明をフォローした際、追加情報としてこの接続工事の件も伝えていた私は、左手でハンドル操作をしながらも、右手で手動ウィンドウを下げそのまま現場方向を指し、ここがそうだとの知事へのサインを送ったのでした。
ー この記事の原文は水道産業新聞2021年(令和3年)4月29日版(第5493号)に掲載されたものです ー
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