(1)行脚

終章 みちしるべ

 10月24日水曜日の12時40分、私は独り島原フェリーのデッキにいました。

 三間地域内の応急給水所を全て閉鎖した翌日の9月14日から、松山市を始めとした愛媛県内東中予地方の4事業体等を皮切りに、支援の水道事業体などへのお礼行脚を開始していたのです。同月19・20日には愛媛県内最後となった愛南町を含む四国全域12事業体、10月15・16日には東日本の2事業体と厚労本省水道課、そしてこの日は前日から始めた九州行脚の2日目でした。

 アポを取らず、在席中のどなたかに一言お礼を伝えるだけ、そんな自己満足と言われても仕方のない訪問でしたが、全ての皆さまを訪ねなければ私の気は済まなかったのです。互助が確立されている水道界です。しかも支援が終わった時と同様、市内全応急給水所の閉所後にも報告を兼ねた挨拶状を発送しています。私はいらぬ前例を作ったのかもしれません。でもこの気持ち、どうかお察しください。

 島原フェリーへの乗船時刻を含め、私は効率よく回れるよう事前に細かな行程表を作成していました。移動はライトバンの公用車プロボックスです。パワーウィンドウも備わっていないこの古い車には、ナビはおろかカーオーディオも搭載されておらず、あるといえばAMラジオただ一つだけです。そのため私用のスマートフォンをナビ代わりとし、またこちらも私用のブルートゥーススピーカーから、ルートガイドやBGMを流していました。

 アプリはグーグルマップです。経験されている方もいらっしゃるでしょうが、このナビ機能は時に度を超えた優秀さを見せつけてくれます。ルート上の混雑具合を加味しながら、『えっ?ここ通っていいの??』と一瞬戸惑うルートまで案内するのですから。結果的には、わざわざそんな道を通らなくても大丈夫と思える場面にも多々出くわすのですが、そのおかげか、到着予想時刻は専用の車載ナビに比べて実情にかなり近いものを当初から示してくれます。

 それを含め、事前にスマートフォンのアプリ数種類を使用して作成した行程表は、プロボックスに単身乗車する私にとって、秘書のように正確なスケジュールを示してくれていたのでした。

 その日は朝一番の平戸市に続いて諫早市までを午前中に訪問、そして午後からの天草市に向け約30分の乗船となったのです。幼い頃から船に馴染んでいた私にとって、船上は歳を重ねた今でも心地良い空間です。あっという間の下船とはなったのですが、このひとときは見知らぬ土地へ赴く緊張感と高揚感を和らげてくれました。

 延べ10日間にわたったお礼行脚は、2泊3日で回ったこの九州14事業体に、最終行程となった11月7日の岡山県内4事業体を合わせ、北は仙台から南は鹿児島姶良までの38箇所に及びました。このように効率よく回ったつもりでも、このお礼行脚には多くの時間を費やしました。ただ裏を返せば、多くの皆さまが支援のために遠い宇和島へ陸路・海路で移動するには、それを上回る多くの時間を費やしてくれていたということです。

 このお礼行脚は私の単なる自己満足ではなく、結果的にそのような支援側の大変さを宇和島市水道局の後世に伝えることができたと、のちに自分の行動を自身で評価することとなりました。

ー この記事の原文は水道産業新聞2022年(令和4年)2月21日版(第5562号)に掲載されたものです ー


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