05) ドナウエッシンゲン編(1989年版 西ドイツの街並み)

過去旅のご紹介

*** 9 Mar.1989 ***
 フライブルクを出発しました。

 DBのローカル線はガラガラです。ましてや日本人など・・・。
 当時の西ドイツでは東洋人をほとんど見かけませんでしたが、特にこのあたりなどは、日本人を含めほとんど入り込まなかったんじゃないでしょうか。
(Apr2020追記:今はどこに行っても中国人を見かけますね。)

 シュバルツバルト(黒い森)の正体。
 おそらくドイツトウヒでしょうが車窓を占める割合が増してきました。
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 天気も良くて素晴らしい景色、真冬の青々とした牧草は日本ではお目にかかれませんね。
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 こういう村をぶらついてみたらよかったと今になって思います。
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 城が見えました。
 観光化されている城と違った近寄りがたい迫力を感じさせられます。
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 標高がかなり上がったのでしょう、山は雪です。
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 2等コンパートメントの車窓、ICEの登場でコンパートメントを連結したICが今は減ってきていますが、
ローカル列車はどうでしょうか。
 コンパートメントに乗ってこそヨーロッパに来たって思えるのですが・・・。
(Apr2020追記:今はローカル列車もオープンサロンになりましたね。)
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 まもなくドナウエッシンゲンに到着します。
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 到着したのは昼過ぎ、インフォメーションはお昼休みで閉まっていました。

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 奥に見えるのがドナウエッシンゲン駅で、この公園のような空間が駅前広場のようなものでした。いくら田舎とはいっても、このような駅前には今までお目にかかったことがありません。
 最も印象深く心地良い駅前でした。
(Apr2020追記:今も感想は変わっていません。)
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 フリーマップが手に入りませんでしたので、ガイドブックのおおざっぱな地図を頼りに街を歩き回りました。
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 この小川がドナウ川です。
 そうドナウエッシンゲンという街の名前も、ドナウ川の源流というところから由来しています・・・・・とずっと信じ込んでいたのですが、どうもドナウの源泉は少し離れたところにあるそうです。
 そして正確にはこの川はドナウの支流でした。でも地理学上は違えども大河ドナウの始まりには間違いありません。
 ところで日本ならは川の最上流部は急流でしょうが、ここはヨーロッパ大陸のど真ん中、緩やかな流れです。
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 この建物は宮殿だったのでしょうか、広い庭園を従えていました。
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 そこでの写真。
 この日はセルフタイマーで撮ったのですが、これを合わせて私が写っているものは3枚しかありません。しかも他の写真は露出の設定がひどく顔が不鮮明なので、貴重(?)な一品です。
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 青い空と白い壁、そして赤い屋根のコントラストが素晴らしいですね。
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 街に戻りました。美しい街です。
 何か食べたかったのですがどこにもそれらしいお店がありません。しかも人がいない!
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 地図によるとこの正面の建物が市庁舎ということでした。素晴らしい!
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 (ドナウと思っていた)川に戻ってきました。
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 フライブルクで美しい川に出会って、また当時携わっていた仕事の関係もあり、この日からの数日間を、ドナウ川の流れる街を巡りながら、その街並みに触れるというテーマで過ごすこととしました。
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 再びDBローカル線に乗り次の街へ向かいます。洒落た色の内装でした。

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