一、(5)遅れる安全宣言

第四章 新たな闘い

 前日から断続的に続く副市長との電話連絡は、この日も同様です。浦上からの電話より少し前、こういうやり取りもありました。

 受話器の向こうの副市長は私に言います。「現在の作業状況は、塩素濃度を慎重に調整していると考えて良いのか?」、また「三間地域の水質問題が長引けば、吉田地域での安全宣言を先行させることも考えられるのではないか?」と。

 前者・後者ともにそのとおりです。特に後者については、代替浄水施設からの通水開始の際、準備が整った地域を先行させたのと同様に待つ必要など全くありませんので。

 そして、「土砂災害で家屋が甚大な被害を受け、帰還が当面困難となっている区域については、断水区域の統計から外して考えても良いのではないか?」とも言ってきたのです。

 この件も本音では私も同じ思いを抱いていました。ただ、『家屋が被害を受けようと、そこで仮の生活を送りたいと考えている被災者がいるかもしれない。水さえあれば野営等が可能となってくる。それならば、せめてその地先まででも水を届けておかなければならない』。そんな考えのもとで、必死に応急復旧を続けている関係者が現場にはいます。私は本音を振り切り彼らと思いを一つにしていたのでした。ただ副市長の提案も理解できるため、その場では曖昧な返答にとどめました。

 副市長は私に対しそれ以上のことを言うことはありませんでした。自らの越権に気付いたのか、それとも曖昧な返答から私の思いを悟ったのか…。

 正午過ぎ、再び副市長からの電話が鳴ります。午前中の知事会見の概要が届いたとのことでした。それによると、報道機関から知事へ安全宣言が遅いのではないかとの質問があったそうです。それに対し知事は、安全性確保が最優先のために水質検査を慎重に行っていることで想定外の時間がかかっているようだが、週内には宇和島市から何らかの発表があると推測している旨の回答をしたそうです。おそらくこの日9時過ぎに副市長が私へ電話を入れたのは、この会見に向けたレクチャー用材料を仕入れるためだったのでしょう。その先手を打った対応が報道機関からの疑念を和らげてくれ、そのおかげで我々水道局への直接の問い合わせによる負担増が回避されました。報道対応、重要です。

 17時10分、その副市長と私に、南予水道企業団の竹本事務局長を加えた3名が市長室に入りました。水質検査の結果を正式に市長に報告するためです。

 速報値だけでなく確定値でもクロロホルムが超過し、三間地域の飲用安全宣言は先送りになったことに加え、速報値ではあるものの吉田地域では逆に全て基準に収まっていることが判明したことも報告しました。市長は即断します。試験結果が確定したら、吉田地域での安全宣言を先行させると。考えは私や副市長と同じです。そして我々に、後次亜装置の追加を急ぐよう指示しました。

 なお私からは、土砂災害が甚大だった奥白井谷地区以外での管路復旧作業が、松山市を始めとした日水協の支援もあって迅速に完了したことを追加で報告しました。

ー この記事の原文は水道産業新聞2021年(令和3年)11月18版(第5540号)に掲載されたものです ー


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