三、(12)ついに!

第四章 新たな闘い

 飲用可宣言発出のタイミングが決まった翌日、9月8日土曜日の14時、前日三間地域の末端水栓で採水したサンプルが初めて水質基準を満たしました。

 水質検査センターなどの負担削減のため、週末の採水は行わないこととなっていましたので次の採水は10日月曜日です。そして11日火曜日の15時にはその結果が届きました。合格です!これで2回連続で合格しました。あと1回、3回連続での基準合格を見越した準備をしておかなければなりません。手分けして発表用の資料作成や連絡先の整理などの作業を開始しました。

 そして翌9月12日水曜日、午前9時から本庁で行われた災害復興本部に出席後帰局していた私に、南予水道企業団竹本事務局長から電話が入りました。午前10時50分のことです。前日採水のサンプル水も検査に合格!ついに3回連続で基準をクリアし、飲用制限の解除を宣言することが可能となったのです。

 そのための資料など、必要なものは全て準備していたのでしたが、詰めを誤ると元も子もなくなってしまいます。データの確認を含め、複数の目での確認作業を急ぎました。

 正午前の11時50分、三間地域での飲用制限解除の報道発表、そして放送の実施です。発災から2箇月と5日目にして、ようやく命の水が元通りとなったのです。

 その日、私の所に市民の声は直接届きませんでした。批判の声や安堵の声などなど、様々な感情を皆さん持たれていたことと思います。聞いてみたいような聞きたくないようなそんな気持ちだったのでしたが、そんな中、ある全国紙の記者からの電話が私に入りました。

 その目的は記事内容の確認のためだったのでしたが、電話を終える前に彼は一言添えてくれました。「今回の宇和島市さん、良くやったと思いますよ。石丸さんも報道対応流石でした」と。どちらかと言えば辛口の記者から出たそのような感想です。その時私は、常に心を押しつぶそうとしていた強い力が、ふっと弱まったように感じました。報道対応の裏には副市長の存在がありますし、報道機関を含め、人に褒めてもらおうと頑張っていた訳ではありません。ただ、やはり嬉しかったというのがこの時の本音です。

 そして翌9月13日木曜日の正午をもって、三間地域でも全応急給水所が閉鎖されたのでした。野村ダム原水への切り替えが始まるまでは、水質に不安感を抱く市民への配慮のために、吉田・三間両支所でのペットボトル水配布などを続けるものの。

ー この記事の原文は水道産業新聞2022年(令和4年)2月17日版(第5561号)に掲載されたものです ー


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