二、(7)可搬式水処理装置関連企業の社長来訪

第四章 新たな闘い

 この日の14時20分、市長公室の木場補佐との電話を終えた直後、私はある来訪を受けました。

 吉田・三間両代替浄水施設の心臓部分、可搬式水処理装置シフォンタンク等を製造販売する企業の藍藤社長です。早期の断水解消を実現させた最大の功労者と言える同氏ですが、南予水道企業団へ用があり再び宇和島を訪れたそうなのです。そしてその足で、専務・部長とともにわざわざ私の部屋へ訪ねてきてくれたのでした。既に会議の場などで何度も顔を合わせて会話を交わしてはいましたが、じっくりと話をするのはこの時が初めてだったように記憶しています。

 この時点では、代替浄水施設整備1期工事での同社の出番は実質的に終わっていました。私はそんな藍藤社長に、断水解消のために力を貸し続けてくれたことへの最大限のお礼を述べました。対する藍藤社長は、『当然のことをしたまでです』といつもの顔で謙遜し続けます。そして、これまでの局面局面を回想しながらの会話が続きました。

 あるタイミングで、私は8月1日の件を話題に出しました。吉田地域の通水開始時期についての報道発表直前、概ね決まっていたスケジュールが現場の事情で変わる可能性が生じ、ニュースリリースの配信を一度ストップしたあの件です。南予水道企業団から私へは、「設定済みのスケジュールでは、試験運転に費やす時間が不足する。そのため、通水開始後に思わぬトラブルが発生する恐れがあると伝わっていました。

 その懸念は関係者全員の努力によって杞憂に終わった…と私が言い始めた時、藍藤社長の言葉が被さってきました。綱渡り状態の現場環境の中、藍藤社長配下の社員は一分一秒でも早く水を送ろうと、酷暑の中で汗を流し続けていたこと、そしてそれが既に限界を超えている状態で、労働災害がいつ発生してもおかしくなかったということを。結果的には、地元のために早く通水したいと頑張る社員の心意気が届き、設定済み通水スケジュールの変更は必要なかった、そう藍藤社長は遠くを見るような表情で語ったのでした。

 この災害対応時、断片的に聞こえてくる情報の向こうでは、私まで伝わってこないことがたくさん起きていたようです。物事は常に視点を変えながら見ていかなければ事実を誤認する、そのことに常日頃から気をつけていた私でしたが、改めてその重要性を認識するとともに、当時の現場状況の深刻さを過小評価していたことについて詫びたのは言うまでもありません。

 そういえば思い出しました。断水解消に向けた大きな節目、7月17日に開催された浄水場復旧調整会議の際、意外なほど余裕を感じさせていた藍藤社長の表情を。今思うと、人員や機器等の内部調整、また我々の知り得ない外部との調整等々、その采配の責任が全て自身に返ってくるような立場上、同氏にそんな余裕があったはずがありません。その奥には、押しつぶされそうなぎりぎりの心が隠れていたはずです。それを見抜けなかった私は、大いなる甘ちゃんなのかもしれません。

 さて、当日に話を戻します。その日の藍藤社長との話はまだまだ続きました。

 私は大小合わせ合計7基の可搬式水処理装置で、両地域合わせて約1万5千人の水をまかなうことができたという事実に、将来の大きな可能性を感じ取っていました。私は当初これら可搬式水処理装置を、災害応急対応施設としての位置付けでしか捉えていなかったのでしたが、圧倒的なスピードで整備が進み実際に現場の状況を自分の目で確認していくに従って、別のことが頭に浮かんできたのです。

 宇和島市は少子高齢化に伴う人口減少が急激に進んでいます。このことは宇和島市に限ったことではなく、全国の地方都市でも多かれ少なかれ同じ状況でしょう。一方、私は水道の専門家ではありません。長い間、都市インフラの整備とともに、都市計画に関連する仕事に携わっていました。現在の都市計画行政がコンパクトシティー実現に舵を切ったことは、水道界の皆さまもご存じのことでしょう。それがもたらす都市インフラの集中・集約化には、少なからず水道事業の今後も関わってきますので。

 私が着目したのは、今回導入したこの可搬式水処理装置シフォンタンクの、柔軟性・機動性そして耐久性でした。製品の組み合わせによって処理水量を柔軟に設定でき、また、機動性にも優れているというということは、両地域の代替浄水施設整備の実績から説明するまでもないことでしょう。一方の耐久性についても、同社から聞くところによると屋外設置でも何十年間に亘って問題無いとのことでした。

 従来のコンクリート躯体を中心としたろ過装置が、人口減少に対し柔軟性に欠けるのは水道が素人の私でも容易に理解できます。人口増加には拡張整備で対応が可能でしょうが、人口減少によって低未利用部分が発生するのは他の都市インフラ同様でしょうから。

 これが今回のような可搬式水処理装置であれば、他浄水場への流用、あるいは非常用への転用などが物理的に容易となります。そのため、更に進む人口減少社会での浄水場整備においては、可搬式水処理装置の導入はその手法として大きな可能性を秘めていると、私は持論を熱く喋りまくったのでした。

 また、海外には水で困っている国が山ほどあります。そんな国々こそが、シフォンタンクのようなシステムを必要としているのではないか、とも。藍藤社長はこんな私の話を興味深げに聞いてくれ、逆に私へも自社製品の持つ可能性について熱く語ってくれたのでした。

 海外と言えば、同社がとある国でデモを行った際の話題では興味深いことを聞かせてもらいました。シフォンタンクで浄水した日本品質の水を地元住民の前に出したとき、思わぬ反応が返って来たらしいのです。泥混じりの濁った水を飲むのが当たり前の現地では、無色透明の〝本当の水〟は逆に気味悪がられたと。日本と違って蛇口から出る水をそのまま飲めない多くの国に私は行ったことがありますが、そんな国々を更に更に超えた国での出来事は、私には想像が全く及ばない域にあったようです。

 その話はさておき、この場に浄水場を専門とされる皆さまが同席していたら、素人の私の熱弁はどう映っていたでしょう。私が知らないだけで、この種類の議論は以前からあったのかもしれません。ただ少なくとも、これからの浄水場整備に対する大きなヒントが、机上ではなく、今回の災害復旧という現場に潜んでいたと私は強く感じました。

ー この記事の原文は水道産業新聞2021年(令和3年)12月20・27日版(第5548・5549号)に掲載されたものです ー


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